あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

「未来のだるまちゃんへ」を読んで

かこさとしさんの絵本が好きだった。

「おたまじゃくしの101ちゃん」が一番のお気に入りで、「からすの〜」シリーズ、それに「地球」や、「とこちゃんはどこ」など読んでいた記憶がある。 何がよかったって、内容がおもしろいのはもちろん、絵柄があたたかくって可愛らしいのが良かった。 改めて調べてみると、私の知らない作品も含めてそれはもう、すごい数の絵本があることがわかった。

そんなかこさんが享年92歳でこの世を去った。 2016年に、90歳にしてオフィシャルサイトを開設されたニュースを見て、いつまもお元気な方だなあ、と思っていた矢先だった。かこさんの追悼企画で、書店の棚に「未来のだるまちゃんへ」が並んでいるのが目について、なんとなしに手に取った。こうして小学生の時ぶりにかこさんの本との再会を果たした。

オフィシャルサイトはこちら。

kakosatoshi.jp

ひとにすすめる本じゃなかった

読み終えた後、頭の中がスッキリしたような気がした。これは2018年の暫定ベスト本だ、と思った。興奮したわたしはそのテンションそのままひとにこの本を紹介していた。しかし不思議なことに、話し始めてみると、自分でも何がそんなによかったのか、上手く言葉にまとめて伝えることができなかった。

その晩、ベッドの中で考えたらわかった。これは、読んで何かの役にたつとか、強く心に残っていく内容というよりは、個人的に小さく、わたしの気持ちを整理させてくれたという読後感だった。どうりでひとにすすめるには説得材料にかけていたのだった。わたしの問題に対して直にはたらく処方箋だったんだから。

「子ども好きを公言する大人」について

それでもこの本のなにがよかったか、改めて言葉にしようと考えた。それはつまるところ、この本がわたしの思っていた「子ども好きを公言する大人」像を変容させてくれたからだと思う。

子どものための絵本作家、というくらいだからもちろん、かこさんは子どもが好きだ。そしてその経緯はちょっと複雑だったりする。かこさんは3にんきょうだいの末っ子で、大人の顔色を見ては先回りした行動をすることができる子どもだった。仕事が忙しくてなかなか構ってやれないのを悪く思い、ものを買い与えて来る父親に対し、本当は欲しくもないものでも嬉しいふりをしなくてはならなかったというエピソードなど、九十歳を超えてもなお当時の感情がみずみずしいまま残されているようだった。

かこさんは給与がもらえて国の為にもなる軍人を志願したが、身体的な問題で試験に通ることができなかった。代わりに技術者となり、やがて終戦を迎えたが、その時にはもう、一緒に机を並べていた仲間の多くが戦争で亡くなっていた。かこさんは大学へ進むが、なんのために生きているのかわからない「死に残り」の状態だったという。そんな日々の中で、川崎の、工場労働者を親に持つやんちゃな子どもたちと出会ったのだった。

敗戦後、大人たちは手のひらを返したようにそれまでの体制批判を始めた。一方で子どもは面白ければ笑い、悲しければ泣き、素直な感情丸出しで生きていた。かこさんは大人にうんざりしていたので、子どもたちに自らの思いを託すことで、死んで行った仲間への償いにしようと考えた。このような経緯でかこさんと子どもたちの関わりが始まった。

さてここまでだとわたしの思う「子ども好きを公言する大人」そのままだ。お察しの通りわたしはそんな大人が嫌いだった。何がって「子ども好きを公言する大人」からは次のような意図が見え透いているようで、それが嫌だった。

①自分は親切でいい人というアピールをして、その場で上手く好かれたいんだろうという下心

②「こども」は純真無垢みたいな大味なイメージを押し付けようとする大人のエゴ

③自分の人生がちょっと暇だったり面白くないからって、刺激を子どもに求めて、生活の中心に据えようとし、もはや話題もそれしかない空虚な大人の依存心

なぜわたしがこんなにも歪んでいるのかわからないが、このように「子ども好き公言する大人」は嫌いだった。敗戦体験でぐちゃぐちゃにされた心を取り戻すきっかけが子どもだったというので途中から嫌な感じがしていたけど杞憂だった。なぜならかこさんと子どもの関わり方は、真剣勝負そのものだったからだ。

すっかり子どもの生命力に魅せられたかこさんは、子どもの興味を惹きつけようと紙芝居を作って読みに行っていた。ところが子どもらはトンボがいれば追いかけにいってしまうし、外国のお姫様なんかの話を持っていってもおもしろくないとそっぽ向いてしまう。かこさんはそこで徹底的に子どもたちの観察を始めたのだった。ここが真剣勝負たる所以だ。いい反応がもらえたら「いい線行ってるぞ」と、おもしろがることも忘れない。

子どもに期待の押し付けをして、大人には見切りをつけてしまうようなスタンスはやっぱり好きじゃないけど、かこさんの場合は子どもと関わることで、大人としての自分(とその中に残っている子ども要素)が生き生きできているから良いなと思った。子どもみたいに何かをおもしろがれる大人って意外と少ないから、子どもたちにも良い模範になっていたんじゃないかと思う。

かこさんが償いとして伝えたかったこと

さて、かこさんが子どもと関わるようになったきっかけは、敗戦体験だった。仲間が多く死んでしまったのに自分だけ「死に残り」になったという意識から、子どもたちに何かを伝えることで、仲間たちへの償いとしようと考えたのだった。償いというのは、何か申し訳ないことをして、そのお詫びに行うものだ。文中で直接触れられてはいないけれど、かこさんは自分や仲間たちのような体験をさせないために、紙芝居や絵本を通して子どもたちに、自分の興味に従い自発的に考えて行動せよ、ということを伝えようとしていたように思えた。

子どもたちの興味関心を伸ばす手伝をすることが創作活動の軸になっているとも語られていた。そしてこれは、敗戦直後打ちひしがれていたかこさんを立ち直らせた、大学の先生のメッセージ「強い、たくましい体とともに、強固な思想を持ちたまえ」と言われた内容そのままだったりすることに、全部読んだ後で気がついた。

90数歳の人生を振り返る文章の中からは、作者の、何かをものにできたという自信と喜び、そしてまだやる余地が残されている気配を感じ取ることができた。人生をこんなに立派に振り返れることが羨ましく思えた。

わたしの四半世紀の人生を振り返る契機にもなった一冊だった。ダメだ久しぶりに文を書いてみると全然まとまらないや。