あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

Dinosaurs on other planets ... アイルランド版すれ違い家族の物語

こっから読めます|web 版 New Yorker

今年は英文のテキスト意識して読もうと宣言していたところ人に教えてもらいました。アイルランドの作家による短編です。New Yorkerのウェブ版で読むことができます。リンク先にありますが、sound cloudに音声版もあります。 紙の本も短編集として出ていますが日本語にはなってません。

主な登場人物

  • ケイト(Kate) ... 52歳女性, 若い頃の夫をしばしば想像する, 昔は街に居た, 夫婦仲は良くも悪くも冷めてる
  • コールマン(Colman) ... Kateの夫, 72歳以上, 山仕事を好む, 年齢にしては若い, ガラクタの収集癖あり
  • エメ(Emer) ... ケイトの娘, ロンドンに住む, 昔ゴシックな趣味の絵を描いてた, シングルマザー
  • ジョン(John) ... ケイトの息子, 日本に住む, 子供の頃マルハナバチをいじめていた
  • ペイヴェル(Pavel) ... エメが連れてきた男, 建築家, 黄ばんだ肌の細身の男, 田舎が物珍しそう
  • オシン(Oisín) ... エメの息子, 6歳, ジョンにそっくり

あらすじ

  • アイルランドの片田舎で暮らす初老夫婦の元に、ロンドンで暮らすシングルマザーの娘が孫とボーイフレンドを連れて帰省する
  • 祖父、コールマンとその孫、オシンはキツネ狩りに出かけ、羊のような頭蓋骨を拾い、持ち帰る
  • エメが近々オーストラリアへ引っ越そうとしてたのがケイトにバレる
  • ケイト、頭蓋骨を浸していた漂白剤入りのバケツを庭にぶちまける

そこにないものへの憧れによってすれ違う人々

の話でした。

ケイトはそこにはない夫の若さに。 エメは田舎にはない土地と人々との新鮮な出会いに。ジョンも同様。 ペイヴェルは都会にはない田舎の包容力、開放的な雰囲気に。オシンも同様。 彼らはバラバラの方向を向いて生きているので、要求がマッチして幸せになることはなさそうです。

唯一、コールマンだけ充足しているように見えたのでた。かれは十分に歳を召して、諦めなのか充足なのか分からないような振る舞いをしています。 わたしは、この物語がコールマンの内省的な語りで綴られたらどうなっていたのか、興味を持ちました。彼の目にアイルランドの片田舎の生活はどう映っていたのか。

また、どこか情景描写などから、コールマンやケイトからした田舎のように、過度に土地へのノスタルジーや、田舎賞賛な都会人の気質を否定する形の文脈を感じ取れました。

Pavel tried to gather the rubbish back into the bag, a hopelessly ineffective gesture, like a surgeon attempting to heap intestines back into a ruptured abdomen.

こういうところですね。森の中は思ったほど綺麗ではないし、落ちてるゴミを拾おうとする描写でして、ゴミ袋とゴミを人間の身体と腸に例えるあたり、意図的にグロテスクな感じがして独特でした。

若さと老い、恐竜がほかの惑星にいるかいないか

オシンとコールマンが森で頭蓋骨を持ち帰ってきたときに、オシンは、コールマンとペイヴェルへ「ほかの星に恐竜がいるか」尋ねます、その時コールマンは「いるはずない」というのに対し、ペイヴェルは次のように可能性をとっておく言い方をします。

No,” Colman said, at exactly the same time that Pavel said, “Very likely.”

老いと若さ、田舎と街、充足と憧れの対照的な態度を持つ二人の差が印象的なシーンです。

また、最後のシーンでケイトが問題の頭蓋骨に対して、それが浸かっていた漂白剤入りのウジの浮くバケツに対して行った行動は人によって解釈が分かれそうです。

グロテスクなシーンです。私は、ケイトはあの行為によって、頭蓋から湧き出てきたウジ(古い考えとか既存の環境からの澱のようなもののメタファーと読んで)をぶちまけることが清算行為となって、何かリセットできたような印象を持ちました。だからきっとあの後、物語が続いてたとしてもケイトとペイヴェルとは何もなかったし、子離れも進むんじゃないかと。

アイルランドの話だからってあんまりアイルランド感なかった

ところどころ出てくるケイトの息子、ジョンは日本に住んでいる設定です。ケイトはやたら話題に出したがるけど、エメもコールマンも別にそんなな雰囲気。ジョンはなぜ日本にいるのでしょう。ケイトと親子だし、ジョンもどこかアイルランドの田舎ではない何処かへ行きたい願望が強かったのかもしれません。向こうからすると日本はいかにも東の果てのエキゾチック国家だろうですし。

一瞬ジョンにそっくりなオシンの存在から、オシンはケイトとジョンのこども?とも思いましたが、深読みしすぎかな…と置いときました。

ここではない何処かへ行きたい願望のすれ違いは、田舎と都会か存在する、ある程度豊かな社会の中では共通のテーマなのかなと思えました。

アイルランドの話と意識して読んだのは初めてでしたが、人名が特徴的でした。