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あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

海炭市叙景 - 薄闇の日々からのみ分かるほんの少しの希望について

海炭市叙景 (小学館文庫)

海炭市叙景 (小学館文庫)

呉美保監督「きみはいい子」がとてもよかったので彼女の他の作品も調べていると「そこのみにて光輝く」を知りました。そこから作家、佐藤泰志にたどり着きました。「そこのみにて…」ほか「黄金の服」「大きなハードルと小さなハードル」など読みましたが、中でも最も好きなのが「海炭市叙景」です。 この作品は今の穏やかな季節に読むよりは、薄暗い春待ちの1月から2月に読むのがいい小説ですが、ふわっとしたこの季節だからこそ、ちょっとだけ思い出してみようと思います。そして薄暗い時期になってまた、折に触れて読むのだと思います。

18の小編からなるオムニバス

珍しい構成ですが2章立てで、各章9編の小編からなるオムニバス形式の作品です。


第1章 物語のはじまった崖

  1. まだ若い廃墟
  2. 青い空の下の海
  3. この海岸に
  4. 裂けた爪
  5. 一滴のあこがれ
  6. 夜の中の夜
  7. 週末
  8. 裸足
  9. ここにある半島

第2章 物語は何も語らず

  1. まっとうな男
  2. 大事なこと
  3. 猫を抱いた婆さん
  4. 夢みる力
  5. 昂った夜
  6. 黒い森
  7. 衛生的生活
  8. この日曜日
  9. しずかな若者

作家、佐藤泰志について

佐藤泰志 - Wikipedia

とりあえず(情報量は少ないですが)ウィキペディアをはっつけてしまいましたが、佐藤泰志はなんども芥川賞候補になりつつも受賞することなく最後は41歳で自死の道を選んだ作家とのことです。従って残されている作品数は少なく、本作はもっとも最後に書かれたものだと思います。

彼の作品を読んでいるとどうしようもない不器用な人々が出てきて、問題を抱えながら生きていて、最後まですっきりとするのがないことが多いです。しかしその薄暗いもやの先に何かがある様な気がしたり、もやの中にいてもそれが優しいものにほんの少し思えたり、そんな気持ちにさせてくれる文章の力がある様な気がします。

彼の文体で特にお気に入りの表現は、東京のことをいつも「首都」と呼ぶことです。いいですよね。こんな感じです。

最近は彼の作品の再評価が進み、「オーバーフェンス」「そこのみにて光輝く」そして本作「海炭市叙景」の映像化がされ、書籍も再編されて出版される流れがありました。(とくに「海炭市叙景」は素晴らしく、竹原ピストルがかなりハマリ役でした…)

淡々と紡がれる、薄暗い土地の、なんでもない人々の物語

そうであるのに、目次を開くと「第○章」だなんて、まるで長編のファンタジィのように物々しく書かれていて、ギャップがあります。 なんでもない人々の日々を覗き見るオムニバス、なんていうのは結構ありそうなきがするのですが、読み始めるとなんでしょうか、海外文学の翻訳文を読んでいるような、さっぱりと突き放した様な文体だと思いました。

舞台となる架空の地域「海炭市」はおそらく、佐藤泰志が生まれ育った函館市をモデルにしています。 18人の主人公が出てきますが、それぞれの物語の中のキャラクターはこっそり他の物語にも関わっていて、ちょっとずつつながりのあるない様になっています。

中でも私が一番好きなのは最終章、「しずかな若者」です。

しずかな若者

18編の中で一番お気に入りの作品です。美味しそうな食べ物、非日常的なちょっと優雅な生活をする主人公などのパーツが揃ったいわゆる「村上春樹」っぽさをかなり感じる内容です。(そんなこと言ったら佐藤泰志さんは不愉快な気持ちになるのかな。) さておき、この作品の好きなところは主人公がオシャレなこと、それと、佐藤泰志の作品には珍しく(?)その先にやわらかい希望、みたいなものがうっすら見えてきれいに残る作品なのです。それまでの薄暗く鬱々とした冬の日々との対照的な様子が眩しいです。この感覚はじっと1編目から読み進めてきた人にしかわからないもので、非常に開放感があります。

主人公は19歳、おそらく学生なのかと思います。父親の故郷(海炭市)にある別荘で7月の下旬の日々を、本を読んだりジャズ喫茶へ行ったり、優雅に食事をとったり、近くの別荘の女子学生を引っ掛けて遊んだりしています。なんて恵まれたボンボンなのだ、と思います。そんな彼にも当然彼なりの複雑な問題を抱えており、内省的な語り口で淡々と綴られていきます。彼は両親の離婚という状況と、親離れしたい心を抱えて北海道にきています。 そして悩んだ日々の先、最後には彼はほんのりとした希望とちょっとの不安を持って、力強く、独りで歩き始めます。

揺れながらどんどんと後ろに去る木立ち。僕もまたこうして、父の故郷やこの季節や一瞬の輝きや僕自身を脱ぎ捨てていくだけだ。いつかは僕にも、エアリのマスターがピアノをやめたように、両親がとにかくも新しい生活に踏み切ったように、何かをやめ、何かを始める時が来る。それは車がカーブを曲がったその時に来るのかもしれない。

この別荘地の下の、両側を木立ちにせばめられた道を抜ければ、太陽が一気に彼の車を照らすだろう。そうだ。何も隠してはならないんだ。それはもう、じきだ。

こんな清々しい文章、そうはないですよね。大好きです。格好いい。

この短編集での時系列は真冬の季節から始まり、徐々に暖かくなっていきます。全編を通して佐藤泰志は「夏」の季節に何か希望のようなものを重ねている様に思いました。これはもしかしたら北海道にいる人なら分かる感覚なのでしょうか。 最後の解説文にもありましたが、佐藤泰志はこの作品を最後に亡くなってしまったので、この先の、希望に溢れた「夏」の物語を味わうことが叶わないのが残念でなりません。 今年、2017年もきっといい季節の夏がやってきますよね。