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あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

渚にて - 世界の終末、人間の死に際について それと 「尻を叩く」こと

終末 ディストピア 渚にて 映画

渚にて

ネタバレ含みますのでご注意ください。空港の後は渚。趣向を変えて映画について。

ディストピア作品、良いですよね。ゆるい日常とは真逆の、切羽詰まりまくりの世界のお話は、切羽詰まった状況でないと出てこないような考えが想起させられることがあるから好きなのか、本当に必要なことだけに向けてシンプルに行動をする人々の姿が面白いのか。魅力はたくさんあると思います。

自分は谷川俊太郎さん、徳永進さんによる「詩と死をむすぶもの 詩人と医師の往復書簡」で本作と出会いました。

詩と死をむすぶもの 詩人と医師の往復書簡 (朝日新書)

詩と死をむすぶもの 詩人と医師の往復書簡 (朝日新書)

 

 

あらすじ

渚にて (小説) - Wikipedia

1959年に公開された映画です。静かなメッセージ性の強い反戦映画だと思います。

米国とソ連の最終戦争後の世界が舞台。最終兵器のコバルト爆弾が投下され汚染された世界において、人間が生きられる最後の土地はオーストラリアだけになります。やがてオーストラリアも放射能の影響を受け、徐々に生き残りの人類たちも終末の雰囲気を感じ始めてます。そこへ米国海軍の生き残り潜水艦がたどり着いたところからのお話。

世界の終末に人間たちがとる行動

米国海軍中佐ドワイト・タワーズと呑んだくれ夢想家女モイラ、オーストラリア海軍ホームズ少佐とその妻メアリーの2組のカップルの物語が軸になっています。全員役柄に対してやや年がいっていたのではないか、というのと、顔が濃い〜キャラクターばかりで、薄顔弥生系の自分としてはやや全体的にバタ臭い印象を受けたのはおいときます。

世界が終わる系の作品によくあるモンスターパニック系、パンデミック系、〇〇襲撃!系のようなテンションが高いのを期待してはいけません。ハッと驚くようなグロいモンスターや阿鼻叫喚の展開も無縁です。この映画での世界の終末は静かに、静かに訪れます。最後の土地オーストラリアの人々は「他の国とか地域やばいんじゃない?」「本当に○ヵ月後に死んでしまうのかしら」「そんなの嫌だわあ」「石油の量が足りなくなってきたわ」なんて、半信半疑で漠然とした不安を抱えながら、呑んだくれたり、呑んだくれたり、やや退廃的な生活を送っていました。(しかし南国だからか、基本的に能天気な印象)

不可避な死が面前に訪れた時、どうせ死ぬのだから、と退廃的になる人々は必ず出てきますね。小洒落たバーラウンジで飲んだくれのおっさんが出てくるのですが、繰り返し同じことを話して絡んでいる様子はなぜか愛らしく見えました。ラウンジのボーイ(じいさん)が「残りワインは400本だ」と返すと、おっさんたちはしきりに「ワインの会社はバカだ、そんなにあったってあと5ヵ月では飲みきれるはずがない。全く計画的ではない。」といった旨を陽気に返してたシーンが大好きです。他の飲んだくれは、いよいよ国中が放射線の影響で病みだした時には楽しそうに歌い出したりしています。

ホームズ少佐の妻であるメアリーは、死ぬなんて信じないという方法で割と生に執着していましたが、最後には結局薬で安楽死することを選びました。メアリーは「ちょっぴり家事は苦手だけど、いつ誰が見てもダーリンのためのスイートハニーでいるわ」タイプの可愛いことが取り柄みたいな可愛い女性なのですが、なんかこの映画においては個人的に死に際が潔くなくてブスに見えました。(この夫もスイートハニーのためのダーリンを一生演じられそうなタイプでお似合いだなあとは思いました。監督の人間観察眼がすごい。)

かたや信念に生きる人々は潔く美しく描かれていた印象を受けました。作中においてはタワーズ中佐、モイラ、そしてモイラとホームズ少佐の共通の友人で科学者であるオズボーン博士。中佐は仲間とともに故郷で最後を迎えることを選択し、モイラは彼女らしくロマンチックに中佐との別れを行い、オズボーンは最高にクールな自殺を行います。特にモイラが海を見つめている最後のカットの眼差しは格好良かった。

前者の人々は生に執着し、次の生のために死に急いでいるような印象、後者の人々は死を受け入れながら彼らなりに現在の生のシメにふさわしい一章をつけ加えようとしている、そんな努力が見えました。

ラストシーン、人類がいなくなってしまった後、がらんどうの教会の前にひるがえる旗の文字が強烈でした。すでに時はおそし。夢、希望のあとです。反戦映画たる所以です。

"There is still time ... brother"

「ハハ、結局そんなもんだよな」という仕掛け

さて、タワーズ中佐がオーストラリアに上陸した時には最後に2つだけ、残された希望ともいうべき謎が未解決のままおいてありました。一つは北極と南極だけは他の地域に比べて放射線の線量が低く、人間が暮らしていける見込みがあるかもしれないという学者の説があること、そして一つはアメリカ西海岸から送られてくる解読不明のモールス信号...人類の生存をかけてタワーズ中佐とオーストラリア海軍のチームは、これら2つの謎を解き明かしに出航します。

すでにご覧になった方はご存知でしょうし、皆さん特に好きなシーンの一つなのではと思いますが、後者の謎、モールス信号の送り主は傑作です。なんとなくそんな気はして見続けていたのですが、「それ」と出会った潜水艦クルーの反応と、クルーからの報告を受けたみんなの反応に共感して、泣きたいような、笑いたいような気持ちになりました。きになる方はぜひ本作でそれを味わっていただきたい...(別に全然怖くないのでご安心を)

雑感:変に印象に残ったところ

「尻を叩く」こと。

尻を叩く描写が3回出てきます。始めはホームズ少佐がふざけて水着姿のメアリーの尻を、次にタワーズ中佐がやっぱりふざけて水着姿のモイラの尻を、あとはタワーズ中佐がモールス信号送り主を突き止めるべくハッチを潜るクルーの尻を、パーで叩きます。全員白人の形の良い大きな尻なので叩き甲斐がありそうです。自分が中学校の時などにも廊下で互いの尻を叩き合うみたいなこじゃれあいが流行っていたりしましたが、最近のドラマ・映画・現実では大の大人が尻を叩いてじゃれ合うシーンなんてそうは見ない気がして、なんだか無邪気に見えました。

母親やお世話になった先生やコーチに背中を強めに叩いてもらうと、なんだか勇気が湧きます。これに助けられたことはたくさんありました。生身の人間の手で行われる愛のこもった尻叩きや背中叩きがキモいや体罰やセクハラやらの言葉に負けてなくなってしまうのは惜しいことだと思います。