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あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

ジュラシック・パーク - 不満を持ったエンジニアはこわいぞ

SF マイクル・クライトン 恐竜 バイオテクノロジ 読書

 

ジュラシック・パーク〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

ジュラシック・パーク〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

 

あらすじ

https://ja.wikipedia.org/wiki/ジュラシック・パーク

スティーブン・スピルバーグの映画が有名ですが、その原作です。恐竜たちがバイオテクノロジーによって現代に蘇った設定で、人類と恐竜が出会った時に何が起きるか、というのを描いた話です。

ジュラシック・パークで事故が起きた原因は、エンジニアが仕組んだいたずらが発端だったんだよ」

と先輩プログラマの方に教えてもらいました。うろ覚えの映画の記憶と印象が違っていたので気になり読み返すことに。ついでに映画も見返しました。

読後感はさながら、National Geographic Channel や The Discovery Channel でありそうな、良質な生命ドキュメンタリーを見た後のようでした。

特筆したいのは

  1. 稀に見る憎たらしい頑固じいが出てきます
  2. 文章で、息を呑むようなスリルを味わうことができます
  3. コンピューターに関わる人ホイホイな要素があります

すごい頑固じいさん

ああもう、最後この人ひどい目にあうよね?そうであってほしい、とシンプルに憎める悪人が出てくる作品、いくつも挙げられるでしょうか。悪人でも、彼なりの美学があったり、最後は味方側に理解を示す、そんな格好いい悪人多くないですか、最近。

そんな矢先に出会ったのが、本作に出てくるハモンド氏です。彼はジュラシック・パークプロジェクトの言い出しっぺで、大金持ちの爺さんです。映画版では気の良さそうな赤ら顔の俳優が演じていますが、原作はチビでケチでやたら文句を喚き立てる、やかましい老人として描かれています。

当初は「子どもたちのために」と理想を掲げていたジュラシック・パークの目的も徐々に、「莫大な金が儲けられる」「(金持ちの)子どもたちのために」と、素直に発言が変わっていくのです。気持ちのいいくらいの悪人ぶりです。

さらにこのジュラシック・パーク、建設の当初から専門家たちからは懸念の声が絶えませんでした。全編を通し、パーク建設の有識者集団の一人である数学者、マルカム博士はハモンド老人のやり方に苦言を呈します。生命を弄ぶ技術で金儲けをするなど、絶対に報いを受けるだろうと。生命を完璧にコントロールできるだなんて幻想だ、と。それに対してハモンド老人、気持ちの良いくらい全く耳を貸さないのです。とにかく、自分の欲望にまっすぐなのです。このくらいの生命力私もほしいものです。

そして安心してください、ちゃんと彼には意外にも静かではあるものの、相応のカタストロフィが用意されています。最後の最後まで強情な姿勢はむしろあっぱれでした。

文章で味わうスリル

映画と小説両方に触れて、小説のスリルには驚きました。音も色もないのに、恐竜の息づかいまで感じられるような体験ができます。特に後半戦、非常に知能の高い肉食恐竜、ヴェロキラプトルたちと人間たちの攻防戦のあたりはページをめくる手が止まりませんでした。

ドスッ。背後で鈍い音がした。
 ふりかえった。
 コンクリートの床にラプトルが立っていた。うなり声をあげた。
 (飛びおりたんだ!)
 あわてて武器をさがしたが、あっと思ったときには、コンクリートの床に仰向けに突き倒されていた。何か重いものがどすんと胸に乗った。息ができない。見ると、ヴェロキラプトルが旨の上に乗っている。ラプトルの顔はすぐ目の前だ。ずぶり。足の長大な鉤爪が胸の肉にめりこみ、悪臭を放つ熱い息がかかった。絶叫を絞り出そうとして、アーノルドは大きく口をあけた。

映画は監督の思うところのイメージが映像になっていますが、文章は読者それぞれの自由な創造に委ねられます。小説を読んだ後映画を見返したのですが、映画はエンターテインメント!という感じで作り込まれていたぶん、ややストーリーを大味に感じました。映像化していない、小説だけに存在する臨場感あふれるシーンはたくさんありました。凶暴な翼竜の住むドームでの冒険や、ティラノサウルスが川を泳いで追いかけてくるシーンなど、ドキドキ読み進めました。(作中では「常識」と言われていましたが、ティラノサウルスって、泳げたんだ!...)

エンジニアホイホイな要素

少しでもプログラミングに触れたことがある人たちを惹きつける要素が散りばめられています。IT業界の人はそうでない人の倍楽しめるはずです。

ジュラシック・パークではパークの管理システムを設計したエンジニアの謀反によって事件が起きます。エンジニア、デニス・ネドリーはパーク側からの待遇に満足していませんでした。次々と積まれる追加仕様...しかもそれに対する費用は取れない...バグが露呈するとすごい勢いで叩かれる...デニスはストレスフルでした。そんな彼はより良い報酬を餌に、パークの機密を外部へ持ち出す謀反を企てます。

デニスはシステムを組むとき、あえて後で色々弄れるように、自分しか知らないセキュリティホールを仕掛けておいたのでした。そいつが悪さをして、パークは大騒ぎになります。デニスが逃亡した後、残された人々はなんとかプログラムを元に戻そうとデバッグ処理を始めます。その時小説版では実際のソースコードの断片がそのまま描かれているのがそそられます。

on white_rbt.obj call link.sst { security, perimeter } set to off.

白兎の脱出口オブジェクト。こいつが実行されてパークのセキュリティは落ちたので、上記のコマンドを叩くことで元に戻る様子が描かれています。50万行のソースの中からこの記述を見つけた時の発見者のテンションの上がりよう、そりゃそうですよね!と思います。

映画版では(すでにご存知の方も多いと思いますが)ジュラシック・パークのセキュリティシステムはUNIX上で動いていることが説明されます。UNIXの上に、妙なGUIが載せてある様子です。小学生の女の子が「UNIXなら使えるわ!」と叫ぶのが印象的でした。少しインターネットを探しただけでもこの画面のパロディがたくさんありました。みなさんさすが...

UNIXがわからなければ、パークは救えませんでした。「○○○なら使えるわ!」といざという時に叫べるようにしておかねば...と明日への意欲を駆り立てられるシーンでした。

さいごに

小説版のあとがきが面白かったです。あとがきをとばさないでください。

この小説、私が持っている文庫は1993年に出されたものです。当時はCG技術が現在でいうAR技術くらいのテンションで捉えられていたのでしょう、そんな語り口で本作が映画化にあたりCGを用いることが述べられておりました。時代性があります。

それに加え、恐竜たちの解説ページまでありました。作中に出てくる恐竜たちの情報が、わざわざWikipediaを当たる必要もなく載っているので便利です。

著者、マイクル・クライトンは並外れたIQの持ち主だったそうで、本作の他にも多数のヒット作を残しています。あの連続ドラマシリーズ、「ER」も彼によるものだそうで。良質なドキュメンタリーのようなサイエンス小説に触れたいとき、彼の別の作品に当たってみようかと思いました。