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あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを - 無能の人の愛し方

SF カート・ヴォネガット キャラクターが面白い

 

 

無能なわたしやあなた、それでも愛せるか

という旨の実験小説です。

エリオット・ローズウォーター氏はアメリカでも屈指の名家の跡取り。彼はキ印(本文ママ。差別用語だそうですがつかわれなくなってますよね。)と影で呼ばれていました。というのも氏はその財産をある日から突然、首をひねりたくなるような用途へばら撒き始めたのです。たとえば貧乏で生きる気力が弱く、何が楽しくて生きているんだ、と問いたくなるような人々へ。あるいは手当たり次第の地域の消防団へ、まるで金が毒であるかのように。半ばとりつかれたようにそんなことを行うのです。

彼が金と時間を捧げた人々は、ほんとうにどうしようもなくて、例えばその一人にはエリオットへ電話で人生相談を行うことが日課になっている老女がいます。彼女はこんな感じです。

これまで彼女は誰にも愛されたことがなかった。そもそも愛される理由がない。彼女はブスで、まぬけで、退屈な人間だった。

ひどい。こんなですよ。しかし小説の作者、ヴォネガットの文章はのほほんとしており、このような人々に対しても決して突き放した扱いはしないので、優しい気持ちになります。だから安心して読めます。しかしなぜ、エリオットはこういう人々へ無償の奉仕を始めたのか。

 作中にでてくるあるSF作家の口を借りて、彼の行動はこう説明されていました。

あれは、おそらく現代の最も重要な社会的実験であったかもしれんのです。なぜかというと、規模はちいさいものだけれども、それが扱った問題の不気味な恐怖というものは、いまだに機械の進歩によって全世界に広がって行くだろうからです。その問題とは、つまりこういうことですよーいかにして役立たずの人間を愛するか?

中略

だからーもしわれわれが、人間を人間だから大切にするという理由と方法をみつけられなければ、そこで、これまでにもたびたび提案されてきた様に、彼らを抹殺したほうがいい、ということになるんです

つまりこうです。SF作家的視点から見ると今後テクノロジのさらなる発展により、人が行う仕事はどんどん機械へ置き換わっていきます。トラウト氏がいうには、人が行わなくてはならない仕事は、ほんの一握りの賢い人たちだけが対応できるものだけになり、その他圧倒的多数の人々は「無能の人」となってしまいます。そんな世界において、人はたがいに役立たずの人間を愛せるか。

このごろは人工知能が人間の仕事を奪う!だとか、20**までに機械に置き換わられてしまう職業ランキング!だとか、話題に上がっています。割と今の世界にしっくりくる現説なんじゃないでしょうか。

エリオットの到達点

よくわからないんです。

呑んだくれて、妻には離婚を宣告され、親からは勘当され全てを失ってまでも、何の取り柄もない人々へ金と時間を捧げてきたエリオットは、ある日を機にまた突然、そのくだらない町と人々を後にします。

その「きっかけ」と思われる、かれの生き方を冷静に諭されたシーンではあまり反省していたように見えなかったので、正直私は腑に落ちませんでしたが。

「やっこさんに聞こえたのは、バチンというでっかい音だけさ」

エリオットを見ていた酒場の連中はこう言います。なんでも刑務所上がりのそいつによると、音が聞こえると人間はもう元には戻らないらしいのです。

そいつをイライラさせてたもののスイッチが、もうはいらねえんだ。そうよ、ぶっこわれたんだ!そいつのいのちの中で、そいつなりのへんてこなことをやらかしてた部分が、くたばっちまったんだ!

町を後にすることで、彼の熱気は潰え、試みは失敗してしまったかのように見えました。ー最後の場面を読むまでは。

結論、個人的にはエリオットが狂いすぎていてちょっと理解不能でした。彼の試みとしてはどうなんでしょう、ずれたところで成功した、という感じになるのでしょうか。

この小説に出てくる人で誰を愛せたか

それがキモなんじゃないでしょうか。どうしょうもない人々から、生命力にあふれた漁師の親子までピンキリの人物が登場します。彼らの仕事は機械に置きかわるかもしれないし、置き換えても良いかもしれないし、そうでないかもしれない。でも、話の世界のキャラクターの生き様として誰かを愛せたか、それがこの小説の問いへの読者の回答なんじゃないでしょうか。

作者、ヴォネガットはダメな人々を、不器用で切ないキャラクターとして愛おしく描くことが上手なので、わたしは結局ダメな人々のことたちも、ああ可愛いなと思ってしまいました。もちろん格好いい人々は格好いいです。本当に憎たらしくて消えてしまえ、と言いたくなる人物に出会わなかったのは作家のなせる技だったのかもしれません。

私自身ダメなほうなので、そう思うことで自己肯定しているところもありますね。

特筆すべきたのしいリズム

たのしいフレーズがあふれています。この作家ならではの魅力の一つでしょう。

バケツの水がゆれる時、どんな音がするでしょう。正解は

フラッシャ・フラッシャ・ブラッカ・ブラッカ・バー

火災がおきたときに鳴る緊急サイレンの終わり際には、どんな音がするでしょう。正解は

バブルガム、バブルガム、バブルガム

こんな絶妙なのなかなかひねり出してくる人はいないです。

基本的にはおバカ小説(だとおもいます)

メッセージ性は強いのですが、そこかしこに下ネタやくだらないジョークが散りばめられていて肩透かしをくらいます。いくつかのシーンでは下ネタ耐性がないと唖然としてしまうかもしれません。

肩の力抜いて、考えすぎずに読むのが楽しいです。真剣にとりあっていたら、こっちの気がおかしくなってしまいます。

おもしろおかしく、しかしたまに切れ味鋭くつき刺さってくる小説です。うーんバランスが絶妙。