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あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

空が青いから白を選んだのです - 少年刑務所受刑者たちの詩集

詩集 空が青いから白を選んだのです 読書

 

空が青いから白をえらんだのです―奈良少年刑務所詩集

空が青いから白をえらんだのです―奈良少年刑務所詩集

 

奈良は大和郡山にある素敵な書店、とほん さんの廊下でこの表紙と目が合いました。澄んだ青空に、妙に引っかかるまっしろなことばが忘れられず、購入しました。

受刑者たちによる詩集

更生プログラムの一環である詩の授業からうまれた作品集です。

編者、寮美千子さんは、犯罪を起こしてしまったひとたちと接し、

日常のあたりまえの感情を、あたりまえに出せない

そんな風に育ってきてしまったひとたちだといいます。つらいことです。

彼らでもしかし、詩の力を借りるとじょじょに心を出していけることが、この詩集で明らかになっています。

おおまじめな詩の力

その状態が不自然で窮屈であるのにもかかわらず、それ以外を知らないために、気持ちをうまく出せない生き方しか出来ないというのはツライです。

気持ちを出せないというのは、自信のなさに起因していると私は思うんです。些細なことで積み重なった、容姿や技能での劣等感から、自分には自由な発言や表情、振る舞いはおこがましく、許されているものではないし、そんなことする勇気もない。慎ましくしていよう。そう思う一方で、自信にあふれた人間に出会うと、自分は色々な制約を強いられている(ほんとうは自らで自らを勝手に縛り付けているだけだが)のに、彼等は自分勝手で下品だなどと、暴力的な気分が高まるのは分かります。。。

詩、ポエムはふつう、ちょっと人に見せるのが憚られたり、そんなものを書いているというだけで、言うのも聞くのもなんだか恥ずかしい気になります。

そして一方でなぜか、同じ詩でも、音楽の歌詞として、リズムやメロディーに乗せられると、案外すっと入ってくる(しかも恥ずかしいものというよりイケてるもの扱いで)んですよね。

わたし、すぐれた詩ってそれ自身ですでにリズムやメロディー持っていると思うのですが、この作品集の中からも聴こえてくる作品がありました。

特に表題作のほかは

いつも いつでも やさしくて

というタイトルのものは、わしづかまれました。残酷な優しさにまつわる繊細なものでした。

奈良少年刑務所

本作が編まれた舞台、奈良少年刑務所は今年度閉館が決まっています。閉館後どうするかは現在アイデアを募っているところだそうです。ホテルや商業施設なんかになってしまうのかもしれません。

詩集の中には刑務所の美しい内装の写真がモノクロで掲載されております。閉館後もどうか、この優雅な内装の様相は残してもらいたいです。

刑務所は閉館になっても、別の場所へ舞台を移して、こういった取り組みが刑務所はもちろん、普通の学校やなんかでも行われるようになることを願っています。

2016年に本作の続編

世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集

が出ているようなので、要チェックです。読みたい。