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あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

さぶ - 時代小説はおじさんだけが楽しむものだと思っていました

 

さぶ (新潮文庫)

さぶ (新潮文庫)

 

 時代小説はおじさんが楽しむものだと思っていました

みなさん時代小説ってどのタイミングで手に取るのでしょう。わたしは現在27歳ですが、わたしにとって時代小説は、新幹線の中でおじさん達がビール片手に嗜むもの、というイメージがありました。個人的にはSFよりも敷居が高いものでした。

そこを跨ぐきっかけとなったのが本作、山本周五郎 の「さぶ」です。山本周五郎賞という名前が冠されている様な作家ですので、いつか読みたいなと思っていました矢先、京都の書店レティシア書房さんでなんとなく手に取り見つけた出だしの文章が美しく、はっとしてしまったのでした。本当に綺麗な、絵画的な文章なんです。そこから一気に最後まで読んでしまいました。時代小説、入門です。

調べると2002年にドラマになっていたようですね。さすが、面白いものへのアンテナが鋭い人はいるものですね。

古さを感じない、あらすじ

昭和38年(1963年)に新潮社より刊行された書籍です。

対照的な見た目と性格を持つ二人の江戸っ子町人の友情を軸に繰り広げられる人情ドラマです。主人公は「栄二」、通称「栄ちゃん」はちょっと頑固者で血の気の多い性格が玉に瑕なイケメンです。「面長な顔の濃い眉と、小さな引き締まった唇」という特徴だそう。もう一方の江戸っ子町人は「三郎」、通称「さぶ」 はちょっと卑屈で鈍感だけど人の良い憎めない男です。こちらは「ずんぐりした躰つきに、顔もまるく、頭が尖ってい」るそう。

「栄ちゃん」は頭がきれるのですが、喧嘩っ早くもあるのでそれで冤罪を擦りつけられたところからトラブルを起こし、ドタバタと牢屋行きになります。当時、江戸時代のシステムは一旦牢屋(仮牢)へ入れた後、島流しにするなり、他の刑にするなり決めていた様に書かれていますが、「栄ちゃん」は石川島の人足寄場行きとなります。現在の月島とかあのあたりのようですね。人足寄場ではおもに肉体労働に従事させられます。

人足寄場で出会う他の囚人たちや、役人たちとの交流、紛争、冤罪を着せられた後も変わらず接してくれる塀の外の「さぶ」たちとの交流を経て、「栄ちゃん」は人間的にひとまわりもふたまわりも大きくなり、石川島から出所します。物語は「栄ちゃん」が精神的に成長してゆく様を中心的に描いています。

凝った伏線が回収されるわけでもなく、アッと驚く様なアイデアがちりばめられているわけでもないこの小説の一番の魅力は、人間臭さ際立つ登場人物たちだと思います。キャラクターひとりひとりの設定が丁寧に説明されていますし、それぞれが発するセリフや行動も「あーこいつだったらやりかねないよな」と、物語の終盤にはそのキャラクターの事をすっかり知った人間の様に思える自分がいるのです。

それにべらんめえ調の文章まわしが非常にリズミカルで心地よいです。「栄ちゃん」と「さぶ」のやり取りを見ているとなんだか漫才のようです。いつも「おれ思うんだが」とどもりながら話しはじめる「さぶ」に対して鋭いツッコミをいれる「栄ちゃん」という立場です。 

「栄ちゃん」と「さぶ」以外にもたくさんの登場人物が出てきて、それぞれが光っているんですよね。... いかついけど人情深い「赤鬼」の「松田権蔵」とか、八重歯のいじらしいヒロイン「おのぶ」とか。山本さんはキャラクターを作る天才かと思いました。人の事をよく観察する天才だったのかなと。

こういう人間のそれぞれの個性の面白さっていうのは現代にも通じる普遍的な面白さなので、まったく古さを感じなかったのかもしれません。

解説で二度美味しい

解説がすばらしいです。山本周五郎の生い立ちからたどる作品への向き合い方を解説した内容と、本作そのものへの内容が記載されています。とくに河盛好蔵 による、音楽とからめた本作の解説文がきれいでした。

この栄二の旋律が第一ヴァイオリンで奏されるとしたら、さぶの旋律はセロでかなでられる。そして二つの旋律は、「ごめんよ、栄ちゃん」「これからはなんでも俺に相談してくれ、力になるからな」という、美しい、こころにしみる合奏になるのである。そしてそれに、「この傘をさしなさいよ」という第三の旋律がからんでくる。こんな風にしてこの長編の序曲が終わるのである。まことに鮮やかな滑り出しと言わなくてはならない。

こんな調子で、非常にうまくまとめられていたので、もう一度該当の箇所なんかを読み直したりして、二度美味しい思いをしました。

かなり面白かったのでわたしはこれを機に次は「生きている源八」を読むことになりました。これはまた別の機会で...