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あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

野性の呼び声 - どこから聴こえる太古の歌

野性の呼び声(新潮文庫)

野性の呼び声(新潮文庫)

生命力、衰えていませんか。野生のイヌにパワーをもらいましょう。

ティンブクトゥに引き続きイヌ小説の紹介です。

前置き

イヌ小説の良さは、人間に対して全力で喜怒哀楽をぶつけてくるイヌたちの、感情の力強さにあると思います。人間が主人公のものよりも感情表現がシンプルで力強いので、深く考えたりせず内容が入ってきやすいです。

彼らは悲しいほど主人に対して従順です。大抵のことではひるまず、主人のことを愚直に信じ続けます。

彼らは全力で運動します。全力で尻尾を追いかけまわし、吠え、笑顔を向けてきます。

彼らの行動、感情表現がどストレートだからこそ、彼らが不条理な目にあうとその切なさはより引き立ち、逆に彼らにとって喜ばしい場面ではつられてこちらも感激させられてしまいます。

そんなイヌ小説の中でも特に無骨で、荒々しく。そして十二分に愛らしいイヌ性あふれるものが「野性の呼び声」です。文庫本で厚さは7ミリ程度、さっと読めます。

牙と棍棒と、雪と氷の世界

主人公はジャーマンシェパードセントバーナードのハーフとして生まれたイヌ。バックという名前です。

かれは街で不自由なく暮らしていたものの、ある日悪い人間によって誘拐された挙句、人間からの暴力で服従を強いられ、雪と氷の広がるカナダの大平原で橇犬として生きることになります。

他の橇犬、野犬、暴力で押さえつける人間たち、そして容赦ない自然の猛威との闘いを通して、バックの野生の部分が目覚めてゆくさまが描かれています。

自分は住みやすく安全安心なまちづくりを標榜する日本に暮らしておりますので、すっかり野生の敵と生死をかけて闘う本能は何処かへ行っております。

安全安心の環境で、まるで別世界の雪国のお話を、きっと乏しい想像力の羽を広げて楽しんだのでした。スリルは現場にいると結構そうなってしまっている状況に適応してしまったりしているため、こんな日本でしかできない味わい方があると思います。

真夜中の野営地に響く、獣の遠吠え

厳しくも美しい北米の自然描写が印象的です。橇引きのイヌたちが、原始的な獣として神秘的に描かれているように思いました。

頭上に北極光が冷たく輝き、星が夜の寒空に躍り、大地が雪の衣におおわれ、こごえている時、エスキモーイヌたちの歌うこの歌は、生命の反抗であったかもしれないが、長く尾を引いた嘆き悲しむ声や、半ばすすり泣く声を伴った哀しい調子を交えており、むしろ、生命の哀願、生命の苦悩の表現とでもいうべきものだった。

その歌は、イヌの種族の発生と同様に古いもので、歌というものが哀しいものだった太古の時代の最初の歌の一つだった。

雪原とイヌの遠吠え、とても詩的で相性がよいです。イヌの遠吠えって、どうして悲しい音色なんでしょうね。そう聞こえるのはこのアメリカ人の作者にとっても同じようです。

むき出しの野生、生命力

バックが空腹のあまりウサギを追って、捕まえて、殺すシーンはまさに獣です。

彼はこの野生の動物、すなわち生きている肉を、自分の歯でかみ殺し、鼻面から目まで生暖かい血を浴びようとして、一軍の先頭に立っってウサギを追っていた。そこには、生命がそれ以上高まり得ない生の頂点をしめす忘我の境があった。

このような血なまぐさい描写がたびたび出てきます。生きているっていう感じがします。私たちも忘れていますが、肉を食べるときはその動物が犠牲になっているから食べることが出来るし、犠牲になる瞬間は血なまぐさいものなのです。

パックの肉を切っている時に、ワイルド(野生ですね)さをほんの少し感じていたものの…。最近自炊していないなぁ…

人間との絆思い出すシーン

バックは雪原に出て、散々鍛えられて立派な仕事犬になってしばらくし、足を痛めてしまいます。その時にすっかり忘れていたような信頼感と愛情を与えてくれる人間と出会い、助けられます。

この人間、ソートン氏の愛情の向け方が本当に好きです。

いろいろバックの悪口を言ったが、バックにとっては、その悪口は愛称のように聞こえるのだった。そのように乱暴に抱かれ、いろいろと悪口をいわれるのが、バックにはこの上なくうれしかった。からだを前後にゆすられるたびに、心がゆさぶり出されてしまうかと思われるほど、彼の喜びは大きかった。

こういう、嬉しさがゆさぶりでそうなかおのイヌいますよね。そして極め付けのイチャイチャセンテンスで締めくくられます。

腕から放されたバックが飛び起きて、口に微笑をうかべ、目は表情たっぷりに、発せられない声でのどをふるわせ、じっと動かないでいると、ジョン・ソートンは、感に堪えたようにこう叫ぶのだった。「おや、おまえはまるで口がきけそうじゃないか。」

いるいるそういうイヌ。かわいい。なんでそんなに全力で見てくれるのでしょう、イヌよ。お前は冷静沈着で優秀な、職業犬じゃなかったのか。人間へのデレデレはカナダへきて、棍棒の制裁を受けた後封印したのではなかったか。と言いたくなります。

やはりイヌである以上、イヌ性から逃れられていない、そこがたまらなくかわいいです。結局愛されたいしモフモフされたいという様子が。

わたしもモフりたい。…だってシェパードとセントバーナードのハーフですよ。モフりがいはあるに決まってます。

直情的行動者、ジャック・ロンドン

表紙をめくったところの著者紹介を見ると、上品そうだが眼光鋭い紳士の写真。イケメンです。え、こんな人がこうも荒々しい作品を書くものかと思ったものですが、略歴紹介と、巻末の解説にある内容を読むとこの紳士、見た目によらずハチャメチャな人生を送っていたようでした。

この人が履歴書持って採用面接受けに来ていたら、あんまり採用したいとは思わないですね。思想的にアクが強そう。

彼の作品は「どん底の人々」と本作しか読んだことがありませんが、タイトルだけざっとみると狼が好きなのかなと思います。それはもしかすると彼自身が一匹狼気質であるために、シンパシーを感じていたからかもわかりませんね。

本作の内容は彼の放浪人生の中でも、カナダの金鉱で一山当てようとしていた頃の経験が下地にあるようです。