あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

中二階 - 年間で最も多く思いを巡らせていることは何ですか?... おちつく超マイペース小説。

中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

不思議読書体験でした。

言ってしまえば、あらすじはこれだけ。 サラリーマンが、紙袋とペーパーバック本を抱えて、オフィスへとエスカレーターで上る話です。 それだけのことになぜ、300ページ弱さく必要があるのか、それが他とは違うところです。

この作者みたいな人間こそ、変態と呼ぶんじゃないかと、読み進めるうちに確信が高まると思います。

ニコルソン・ベイカーのデビュー作、中二階は、その奇抜な注釈の使い方によって、知る人には知られている作品です。翻訳者は岸本佐和子。

まずページを開くと目につく、本文を圧迫する分量の注釈。

さらに、本来の本文は、主人公の頭が思うそのままに少々トリッキーな時系列で進みます。現在、回想1、時系列不明な思索、回想2、現在 という具合です。

このような文章の構成から、読者は、主人公の意識の流れをそのまま体験するような読書体験が得られる作品です。今、から気ままに逸れていく注釈と、回想に振り回されて気がつくと、主軸から迷子になるのでご注意。

ややこしそう?

いえいえ、謎に癒される作品です、これ。究極のマイペース小説なのですが、そのペースに読者は、いい感じに乗せられてしまいます。時間に追い立てられて生きている、お疲れ気味の方ほど効いてきそうな作品です。

ぼうっとしている時って、何を考えてんだろ

かつて、この記事を読んで、そう自問したことがありました。

いい景色を前に私たちは何を考えているのか - デイリーポータルZ:@nifty

そりゃ、ぼうっとしてるんだから、大したことは考えないですよね。

いえいえしかし、

それをくだらない、と吐き捨ててしまわないで!というのが、本作のテーマです。本作は、そういうツイッター的な思念の切れ端たちを大事に拾い上げては検討してみようという、現実にいて絡まれたら面倒臭い系の人が文章で試みているものです。

くだらないことでも「今」、「私」が発見した、ということを大事にしてる

"私は子供の頃 x が好きだった" という言い方は、もしその x を今でも好きであるなら、正しい表現とはいえない。

しかし、私にこんな遠い昔の発見のことを思い出させたものは、現在の、三十歳の私が見ている光景だ。

<略>

そうだ、この"私は子供の頃◯◯だった"的ノスタルジーというやつは曲者だ。こいつは私が一個の成人として真面目に受け止めようとしている物事を、何か湿っぽく、曖昧で、変に特別なものに仕立てあげてしまう。

どうして子供の頃に発見して、大人になった今でも十分に通用する楽しみや喜びを享受するのに、いちいちノスタルジーを総動員して正当化しなければならないのだろう?

この「今」へのこだわりは最後まで貫かれます。

いつの日か、物事を比較し、類推し、ミクロの歴史を貫く共通のリズムを感じ取るための原動力を、子供時代に最初に考えたことに百パーセント依存せずにすむときが来るのだろうか?

無作為に意識の表面に呼び出された考えが、子供の頃から繰り返し考えたことではなく、大人になってから初めて思いついたことである確率が五割を超える日が、果たして来るだろうか?

私が思い出すかもしれない物すべての世界が、おおむね大人の世界であるような日が、いつか来るのだろうか

最後の方でも繰り返し説かれます。

全てのレベルについて言えることだが、一つの思想が忘れ去られたりまた注目されたりするのは、ワックスを塗っては布で磨く、いったん曇らせては前よりもっと光らせる、あるいは前の塗装をやすりで落として新たに塗り直す、といったサイクルに似ているー人々のあずかり知らぬところで、長い年月の間にいろいろなことがそこに起こっているのだ。

たしかに、ファッションの流行にしろ、はやるお笑いにしろ、自分の行なった仕事にしろ ... 何だか過去にすでに行われたことの、刷り直しをしているような気になって、なにもかもが無意味に見えてくるようなことがあります。

しかし、この主人公がいうように、同じような刷り直しではなく、それは繰り返し磨かれるものであって、世の中的な価値で考えるのではなく、それの発見者にとってはの価値として考えることは希望が持てると思いました。

その都度、その人にとっては新鮮なアイデアなんだから、自信持てよ、って言われた気になりました。元気の出る本です。癒しです。

一年の間に考えることを頻度でランク付けしてみる

主人公は自意識過剰気味の人間です。理屈よりも感情派タイプのようです。

フィーリングで選んだ哲学書に影響されて、彼はこう思い立ちました。

そのときふと私は、"しょっちゅう不思議に思う"というフレーズに注目した。アウレリウスに背後から、この人生の乏しい素材をもとに何とか哲学せよ、とせきたてられているような気分になっていた私は、いったい自分は"ペンギン・クラシックス"の収益性について、正確にどの程度しょっちゅう不思議に思うのだろうか、と自問してみた。

ただ単に自分は何々についてしょっちゅう不思議に思う、というだけでは、そういう心の状態が人生の中でどれほど大きな部分を占めているのかがはっきりしない。

そこから、一年の間に想念に上がる事柄を頻度でランク付けし始めます。トップテンを紹介しますと、

思考の内容 思考の生じた回数/年(頻度順)
L 580.0
家族 400.0
舌を磨く 150.0
耳栓 100.0
請求書の支払い 52.0
<パナソニック>三輪掃除機、ーの偉大さ 45.0
太陽は気分を明るくする 40.0
渋滞のイライラ 38.0
ペンギン・ブックス、すべてのー 35.0
仕事、今のーを辞めるべきか? 34.0

一位の "L" とは、もちろん、恋人のニックネームです。

影響されて、わたしもやってみました。 やはりというか、同じようにくだらない些細なようなことが多い。

これでらぼうっとしている時に何を考えているか、という考察が一つ、深まりました。そういう人生。

本書の場面ごとのページ数

読んだ後、作品のペースに影響されたわたしはなんと、数えてしまったんです。

  • 38ページ : エスカレーター
  • 34ページ : 何処とつかない過去の回想
  • 36ページ : オフィスでのシーン
  • 39ページ : トイレ
  • 22ページ : cvsファーマシー
  • 23ページ : 社外のベンチ

これは何って、エスカレーターに乗って、オフィスへ行く間に、主人公の頭の中に想起された場面に割かれたページ数一覧です。

ご覧の通り、エスカレーターの場面は、現在なので多いにしろ、特筆すべきは、まるまる三章分割かれている会社のトイレについてのああだこうだ - トイレに行くという行為について、工業品としての便器について、ペーパータオルのディスペンサーについて、ペーパータオルのミシン目について - などなど、事細かな、マジどうでもいいだろって説明です。

その、トイレについて。

ささやかな、どちらかと言えばくだらない疑問がときどき私の脳裏をかすめる。それは、"昼休みの始まりは、昼食前に洗面所に入った時点とみなすべきか、それとも洗面所から出てきたときか"ということだ。

まじ、どうでもいいだろ!!って、ツッコんじゃいますね。 こんな感じで、気取った、大仰な言葉で、些細なことを言うんです。

それとCVSファーマシー、ドラッグストアですが、そこに割かれたページ数は少なめではあるものの、文章のテンションが凝縮されて高いので、ぶっちゃけちょっと引きました。

特に、レジの混み具合と店員の客さばきの様子を見て、並ぶレジを決める流れは必見です。そのミクロで冷静な観察眼は、スポーツ漫画やグルメ漫画の一コマを彷彿とさせるものがありました。

格言めいた言葉たち

さいごに、わたしの特に気に入った、ありがたいお言葉の抜粋で締めようと思います。

全体のテーマをズバリ端的に言ってたところ

肝要なのは何かを発見したという事実そのものであって、その発見を繰り返し応用することではないのだ。

飲酒で脳細胞が大量死することを憂う必要はないという理由

四つ挙げられた上で、だからまあ、安心して酒を呑めよとありましたが、中でもよかったのがこちらです。

脳が余分な容量を失い、それとともに小手先の器用さも失われ、アドリブを演ずる喜びも、本来は向いていないことにチャレンジする意欲も感じられなくなると、必然的に人は、自分の脳に本当に適した数少ないことに腰を据えて取り組まざるを得なくなる。

それ以外のことに気をとられることは、もはや決してないーやりたくてもできないのだから。

ドヤ顔で回転椅子の上でリラックスしている写真を添えたイメージでわたしはいま、これを引用しています。続きです。

自分はもう昔ほど優秀ではないのだという思いは、人の心をより深い人生の機微に向かわせる。万物のうつろいや、経験の重み、失望や限られた能力とうまく折り合いをつけていくための智恵といったことに関心がいくようになる。自分は天才でも何でもないのだと気づくと、ふっと肩の力が抜けて楽になる。

これはたいした肯定の仕方だと思いました。癒されるような、許されてような感じ。

著者であるニコルソンさんがどんな方か、よくは知りませんが、このくだりでなんというか、ちっちゃい諦念を含んだ、ビターなおとなの親近感を芽生えさせられました。

オフィスでの軽い会話を上手に締めくくる方法

オフィスでの軽い会話を上手に締めくくる方法には二通りある。一つはやや冗談めいた一言、もう一つは有益な情報の交換である。

これもたいしたTIPSだと思いました。明日からでも意識しちゃいそう。

日本の企業ではもう一通り、あのお馴染みの万能フレーズ 、"オツカレサマデス" も加えるべきだと思いました。

奇を衒った文章を求めて手にしたものの、蓋を開けてみると、妙に文章にペースを持っていかれ、おちつけ、おちつけ、急いだってしょうがないよ、と、なだめ効果を持った作品でした。