あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

一茶 - そもさん。風流人なんかじゃない、泥臭い作家先生へ

新装版 一茶 (文春文庫)

新装版 一茶 (文春文庫)

拝啓

小林一茶様。 これは約200年後の未来からあなたへ向けたファンレターです。

藤沢周平という作家によって纏められたあなたの物語「一茶」を読みました。 人づてに伝えられた物語ですので、どこまで信じて良いかという問題はありますが、取っ掛かりとしてここからお話しさせてください。

夏目成美先生はお気に召さなかったご様子でしたが、わたしはあなたの句風の変化、「貧」に対する開き直りや、形式にとらわれない、あまりにも素朴なことばが組み込まれた内容が好きです。 いやむしろ、句風の変化後の作品のほうが、ひどく心を掴まれるものがあるように感じております。

言いたいことが、胸の中にふくらんできて堪えられなくなったと感じたのが、二、三年前だった。

江戸の隅に、日々の糧に困らないほどの暮らしを立てたいという小さなのぞみのために、一茶は長い間、言いたいこともじっと胸にしまい、まわりに気を遣い、頭をさげて過ごしてきたのだった。その辛抱が、胸の中にしまっておけないほどにたまっていた。

こう、想起されてから後の作品のことですね。 お恥ずかしながら、「一茶」を読む前はあなたの残された句の傑作集こそ目を通したものの、ほとんどあなたの生き様については知りませんでした。

句の方も、たとえば

雀の子 そこのけ そこのけ お馬が通る

といった、実に素朴な視点で、身の回りの小さな生き物や子供を切り出すのがうまい方だな、という印象でした。

ちなみに上記の句は、後世において、あなたの作品の中で最も有名になるものです。意外でしょうか?いかがでしょう。

あなたの作品はありふれたものたちを、平易な言葉で繋いだものが多いにもかかわらず、こんなに惹きつけられる理由が自分でも不可解でした。 しかし「一茶」にて次の記述を見つけた時に、はっと謎が解けたのでした。

人間がうとましくなると、物言わぬ動物や草木が好ましくなった。一茶はせっせと蛙や蚊、筍や草花の句を作った。

ああ、なるほど。わたしはこの一文で全てが腑に落ちました。 あなたを動かしていた動機が本当にこのままかどうかはわかりません。 しかし他に読まれている「貧」の文脈の句を踏まえると、決して遠からずと行った印象を受けるのですがいかがでしょうか。 わたしがあなたの句に惹かれたのは、同じ理由を持って物言わぬ動物や草木、虫などに親近感を覚えるところに共感があったからでした。

また、あなたの俳句への向き合い方が私は好きです。泥臭く、人間臭いその姿勢は逞しいです。 夏目先生や他の諸先生のように純粋に風流な娯楽としてではなく、生活のために、明日の飯のために(しかし心の底ではしたたかな野心を持って)句作をしているその姿勢が、非常に逞しいと思います。

幼少期に義母との折り合いがつかず、長野の田舎から江戸へ奉公へだされることになり、散々苦労を重ねた人生でしたね。 あなたの生きていた時世では、華々しい日の目は浴びることは無かったかもしれませんが、先の世の中では特に、あなたの後年の作品は広く知られることになります。 あなたの野心は残念ながら死後の世においてではありますが、じわじわと成就されていますのでご安心ください。

何をやってもうまくいかず、長続きせず、放浪癖のある若者が、言語のセンスを持ってひとかどの俳人となる物語は、現代の若者にも大きな共感を呼ぶものだと言えます。

無能無才にして、この一筋につながる、だ。

とおっしゃられていましたね。 なんとかそれなりに成功してやろう、という純粋な野心を持って生きる姿には勇気付けられました。 天才タイプの俳人かと思っていたのですが、最後に回想されていたように、

何も沢山作ろうと思って作ったわけじゃない。だがわしは、ほかには芸のない人間でな。鍬も握れん。唄もうたえん。せっせ、せっせと句を作るしかなかったの

というのが、私にとっては意外でした。やはり、習作はその水面下の見えない努力によって支えていたのですね。 食うためにとにかく量産せねばならない、そして人にウケて金をもらえるような作品を作り、ときに金のために卑屈になりながらも営業活動を続けなければならない。 あなたの生き様からはそのようなメッセージを受け取りました。

わたしはあなたの俳句の道とは少し違えど、同じように人様にお渡しして純粋に楽しんでもらえたり、気持ちよくなってもらえたりするための、いわば生死には直結しない「娯楽」的な産業に従事しております。 このような道に同じく生きるものとしても、あなたの生き様は共感を呼ぶものでした。

胸には秘めたる野心をもち、ときにしたたかに、ときには思い切った行動を行い、少しだけあなたを反面教師にして、わたしは現代の浮世をうまく流れていこうという所存です。 もしかして現代にすでに生き返っていらっしゃるのでしょうか?今後、もしあなたと疑わしいものを見つけたらまた、確認させてください。 お会いできる日を楽しみにしています。

かしこ