あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

のんしゃらん記録 - 愛サレタイ、と薔薇になった少年のSF短編

佐藤春夫 (ちくま日本文学全集)

佐藤春夫 (ちくま日本文学全集)

わたしの本棚をサッと見て一言「好きだと思う」と、これを薦めてくれた友人は鋭いです。大正生まれの作家、佐藤春夫による、SF的で、耽美で、夢に出てきそうな作品でした。ちくまの文集の中に入っています。

のんしゃらん(nonchalant) とはググると、フランス語で、なげやりなさまを表すようでした。いいリズムと、ひらがなの並び。

あらすじ

23世紀はとっくに過ぎてしまっている未来です。食料や水、それに太陽の光と新鮮な空気は貴重なものとなっていました。

のんしゃらん市は、地上21階以上、地下30階以上の構造の都市です。階級制度が敷かれており、市民は身分ごとに区切られた場所で管理され、生活していました。

名前を持たぬ少年が目を覚ますと、そこには物知り顔の老人がいました。少年は老人に愛情を持って育てられますが、押しかけてきた警察によって地下の最下層へと突き落とされてしまいます。

あくる日、最下層ではラジオから信じがたい内容が放送されました。曰く、何かしらの記念事業に託けて特別に、地上の空間と直射日光を、最下層の人々に許可する時間を設けるというのです。少年と最下層の人々は嬉々として地上へと攀上します。地上にて彼らを待ち受けていたのは、人間であることを辞め、植物として生きてゆくことの提案でした。

“希望” の項目の下には、愛サレタイという最も難解な文句があります。

これは彼が人間として、最後に書き残した言葉でした。

感想

古くて新しい

およそ90年前に出されたものと考えるとクラクラしました。地上のうるさい電気広告の様子や似非科学の雰囲気、それに「メータア」「攀上」など古めかしい語彙のミスマッチは、現代の作家がわざと作り上げた懐古趣味な世界観とも取れてしまいますが、これは純正の「当時」の作品です。そこにショックを受けました。短編とはいえ、地上地下の構造や、ディストピア的管理社会の様子など、一気に引き込まれる世界観がありました。とにかく雰囲気が良いので、画に出来ればいいのになあーと、もどかしくなりました。読んでいていつもどこか、長谷川潔の版画のイメージがありました。

読み返すとふたつ、面白いところに気づきました。

年号と管理番号

本編の文末に小さく、

(昭和四年一月)

とあります。昭和四年は西暦でいうと1929年ですが、その一月に出されたとすると、この話はその前年 1928年に書かれていた可能性があります。

主人公の少年は地上で、番号(No. 1928)をつけられるのですが、ひょっとして、執筆していた年に絡めていたのかもしれません。管理番号は、少年が人間として呼ばれた最後の名前となりました。どんな意味が考えられるのか、著者の生涯を調べて深読みしたくなる部分でした。

おわらない構造

ひょっとするとこの話、ループしている。…

話の筋と、主人公が地上地下の世界で動く内容から、おや、と、そう閃いた時はぞくっとしました。だとすると、うますぎやしませんか、この小説…。