あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

「好き嫌い—-行動科学最大の謎」なにかを好きという時、その理由を説明できますか

「またけったいなもんが好きやなぁ」と、なんどか違う人に言われたことがある。例えば…

SF小説、 仏像、 変わった生態の動植物、 クセの強いミュージシャン…

なんかの話をしたあと(大抵一方的に語ってる)で言われる。

確かに、ハダカデバネズミがあんまり「老化」しない、なんて記事見ておんもしろいなーって盛り上がってる友達、周りにあんまりいないから(でも少しはいる)「けったいな」もんが好きなのかもしれない。 でもそういう記事は気になるし、おもしろいもんはおもしろいんだから仕方ない。

じゃあ、なんでわたしはそれが「好き」なんだろう。どこが「好き」だと思うのだろう。そう問いかけてみると、自分でもなんでだ? ってなる。確かに昔から、メインストリームなものにはあんまり魅力を感じられなかったけど。

それにもう一つ、わたしは飽きやすい。なぜこうもわたしの「好き」は変わりやすいのか。どうやって変わっていってしまうのか。

結局のところ、わたしが本当に「好き」なものって何が残るのか。… (とほほ)

そんな風にちょうど「好き」について、考えてたので、この本はちょうど良さそうだったのだ。情報ギッシリで読み応えのある本なのでじっくりと取り掛かった。

著者はニューヨーク在住のジャーナリスト。科学、カルチャー、デザイン、設計、テックなど幅広いジャンルに精通し、「ワイヤード」から「ローリング・ストーン」まで多数の媒体に寄稿している人物とだけあってさすが、「好き」について、よくもまあそんなに!と思うほど疑問を抱き、調査・取材の上考察を重ねている。

食べ物、NetflixAmazon、宿泊予約サイト、Spotify、芸術、そして猫とビールの品評会などたくさんの例をもって、こんな疑問を解きほぐしていく内容だった。

  • なぜ、それを好きと思うのか?
  • 未知なもの、嫌いなものを好きになるのはなぜ?
  • 星評価はなぜあてにならないのか?
  • レコメンドシステムはどんな仕組みで好きそうなものを勧めているのか?
  • どんなレビューが誰かの好き・嫌いに大きな影響を持つのか?
  • なぜ好きなものは変わってしまうのか?

気になる方は是非読んでほしい。人によって気になるところ、記憶に残るところが異なるだろう。 すでになんらかの意見を持っていて答え合わせしたい人や、はやあしでまとめだけ知りたいという人は、「おわりに」の章を読めば、ありがたくまとめられているから、そこだけさらうのもよいかもしれない。

なかでも特におもしろかったところを、少しだけピックアップ。

まず、わたしたちはなにを持って「好き」とか良いと思うのだろう。そしてなぜそれは変わってゆくのだろう、という点について。

わたしたちは資本主義経済に属している以上、またヒトである以上「新奇性」に惹かれてしまうという。しかし一方で、「知覚的流暢性の高い」つまり、慣れ親しんだもの、それをまだ流暢に理解することができる範囲のものも好むという。

これは一見矛盾しているように見えるがどういうことか。つまり、わたしたちが魅力に思う度合いは、複雑さを横軸とした時にちょうど逆U字形を描くように、慣れ過ぎてもおらず、新奇過ぎてもいない間のところが最も高くなるという。なお、ある分野において専門性が高ければ高い方が、「知覚的流暢性」は他の人よりも高いので、より高い複雑さのレベルのものに惹かれるという。

あとはこんな例が面白かった。ある料理がなんて名前で提供されたかによって評価が変動したという実験結果から、人はある品物が期待通りであればあるほどそれだけその品物を好きになり、期待からずれているほど好きにならないという性質があるらしい。

それをなんと呼ぶべきかを知っていることで 、私たちはそれを好きになるのである 。

のである。さらに、まだなんと呼ぶべきか分かっていない好きなものについては、それを「分類したがる」ところもあるそうだ。確かに、思い当たるところはある。友達と話をしていて、ある現象を説明するのに、自分なりに面白いウィットの効いた言い回しを考えている時なんて多分そうだ。

心を動かす芸術作品を見ると、自分自身について考えている時とよく似た神経活動が一気に生じるのだ。

ある実験を踏まえての結果だが、これも興味深かった。わたしたちは、ちょうどそれぞれの琴線に触れるものと出会ったとき、結局は自分自身のことを省みているようだ。

わたしたちは「好き」あるいは「嫌い」を発見することで、自分自身を掘り下げようとする。(「嫌い」についてはここでは書かないけど、本書では触れられている。これもまた興味深いトピックだった。それは、「好み」よりもひとを団結に向かわせる力があると言う。)だから超絶鬱々としてる時は、特に感動が薄くなるのかーと、納得。

ほか、わたしたちが好みに使う判断基準として、五感、その場の雰囲気、単純接触効果などあるよーと、多面的に紹介されてた。

さて「好み」が変わるのは、なぜなのか。

これは、子供の頃苦手だったコーヒーをいつのまに嗜好品として嗜むようになる大人を例に説明されている。「好み」は、学習するものだから変わるらしい。

脳幹での苦味のシグナルは同じでも、高次の認知過程のどこかで「コーヒー」になる。学習が味覚と相互作用しながら快感を生むのである。

ビールもそうだけど、別にその味そのものを好きになるというのではなく、それがある文化文脈的なところ含めて好きになる。もうひとつ、逆に、ある特定のグループと差分化するために、あえて好みを変えるというケースも紹介されていた。あるグループでひとつモノを流行らせたあと、同じモノを「ダサい」とされているグループで流行らせたところ、初めのグループはもうそれを使わなくなったというものだ。どちらも経験したことがあるような感覚だ。

次の一文に強く頷いていた。

現在はあなたが何を好きか、何を好きであるべきかよりも、なぜ好きか、どのように好きかが重要視される時代だ。

うん。本当そうなんだろう。 「好き」を語れる人物は、魅力的にうつる。

「好き」そして「嫌い」の仕組みを整理できるいい本だった。

好き嫌い―行動科学最大の謎―

好き嫌い―行動科学最大の謎―