あのトモ

- 本に出てくるあの娘ぼくがトモダチになろうっていったらどんな顔するんだろう -

「プーと大人になった僕」でばかみたいに泣いた話

9月14日公開の映画、「プーと大人になった僕」をみて、ばかみたいに泣いてきた。

プーと大人になった僕|映画|ディズニー公式

一緒に見に行った先輩も同じように開始早々から涙を流していた。私たちに共通するこの謎の涙腺崩壊ポイントは一体なんなのか。つかれてんのか。

YouTubeのCMで予告編を見た時からこれはやばいという直感があった。私には前から謎の涙腺崩壊ポイントがある。それはうまくまだ言葉に落とし込めていないのだけれど、たとえば「かいじゅうたちのいるところ」の映画版、あれでドンピシャにボロ泣きしてしまうようなものでもある。

かいじゅうたちのいるところ」は、モーリス・センダック原作の絵本を映画化した作品だ。素朴な絵本の世界が、半CGの着ぐるみ怪獣たちと、CGみたいに綺麗な子役の男の子によって再現されている。ちょっと冒険がしたいお年頃の主人公の男の子。寝ないでやんちゃしていたら、彼はいつの間に、おそろしいかいじゅうたちの住む島に流れ着いてしまっていた。でもね、かいじゅうたちがおそろしいのは見た目だけ。お話をしてみると、それぞれに繊細で不器用な悩みを抱えている、ちょっとかわいそうなやつらなんだってことが見えてくる。何が泣けるって、本当は素直になりたいのに、素直に気持ちを表現することを知らないがあまり、小さな誤解を積み重ねてしまって、うまくいかなくしてる、そんなかいじゅうたちの姿だ。もどかしくも、愛おしくもおもえる。映像も綺麗で大好き。

そんで「プーと大人になった僕」だ。これは開始数分でやばかった。まず、プーさんとその仲間たち(それもアニメぽくなく、どちらかというとリアルで、すこしボロだ)が、歩いて、喋ってるだけで泣ける。それも彼らはクリストファーロビンの少年期の卒業パーティなんてのをやっている。これはなんなのだ、今の私ならすこしボロの人形が立ち回っておしゃべりしている劇ならなんでも泣ける気がする。よく自分の感情がわからないまま、あんまり最初から鼻をズルズルしていると隣の席の人に不審がられたので、必死に堪えつつ続けてみることにした。

舞台設定が現代ではなく、戦争を挟んだ時期の近代イギリスなのは正解だと思う。現代にしていたら絵面がテッドみたいになってしまいかねない。それにクリストファーロビンが厳格な教育を受けて戦争に駆り出されたというエピソードが挟まることによってこその、ストーリーの説得力があったと思う。

しばらく見ていると、プーさんの仲間たちの中でもとくにプーさんって泣けるよな、と思った。風船を持って喜んでいる姿が映るところでさらに謎の涙が込み上げてきた。プーが困っている場面で、一生懸命足りないおつむをフル動員して考えようとしているシーンなんかも私の涙腺を粉砕しにかかってくる。

この気持ち、なんなのだろうか。…愛おしさ、せつなさ、やるせなさ、懐かしさ、それにちょっぴりの恥ずかしさもある。プーさんに対しては、謎の哀愁を感じる。どうしてプーさんはおじいさんの声なんだろう。

これに近い気持ちは、小学校の時のものが鮮明に記憶に残っている。フェルトで動物のマスコット人形を手作りするのが流行った時期があって、私の家でも母と妹と一緒に色々作って居た。そのうち母が一人で作った作品を「可愛いでしょ」ってくれたんだけど、それはどう見てもちょっとダサかったし、カバンにはあんまりつけたくなかった。でも、私の喜ぶ顔が見たくてつくってくれたんだよなあとか、ここで断ったらとっても悲しむだろうなあとか、でも可愛くないよなあとか、複雑な思いで、なんだか泣きそうになりながらありがとうって受け取ったことがあった。手に取ったそいつはブスなりにニコニコ微笑んでいて憎めなかった。なんだかそんな時の不器用な母とプーさんがシンクロしなくもないのだ。

あるいはプーさんはおばあちゃんにも似ているかもしれなかった。小さい頃はよく遊んでもらって、それこそ親なんかよりも親身に、より近い精神年齢の関係で遊んでくれた優しい存在がおばあちゃんだと思うけど、成長するにつれてうとましくなってしまったり、関係が面倒になってしまったり、なんだか離れてしまう。そんな時の寂しそうなおばあちゃんの後ろ姿が、プーさんとシンクロしなくもない。プーさんもおばあちゃんも、私のことを好きで居てくれていつだって待っているのに、私の方に問題があって、そんなピュアな優しさを踏みにじってしまうことがある。そんな自分を思い出して、ごめんねって気持ちでプーさん見て泣いていたのもあるのかもしれない。

私みたいに、プーさん的なピュアな優しさに対してのズオウあるいはヒイタチになってしまった経験のある大人の涙腺を狙い撃ちにしてくる映画なんだろうと思った。素直に、大事な人のことを思い出すいい映画だった。やっぱり少なからず大事なものに対して、わたしも先輩も迷子だったんだろう。

思い出すだけでダメだ。もう。ボロボロのテディベアのプーさんを全力で抱きしめて一緒にベッドに入ってねむりたい。わたしの場合は実家のベッドの上にいるモコモコの犬のぬいぐるみ、ライム君を抱きしめたくなった。

わたしが涙するこの感情は、理由はわからないけどなぜか大事にしなきゃなって思っていて、これをうまく言い表す言葉が見つかる日まで、言葉にする努力をあきらめないでいようと思う。